貴醸酒×杉樽熟成──飛鸞 Reborn Cedar 完全レビュー

飛鸞 Reborn Cedarとは?

─ 杉樽×貴醸酒という異色の挑戦が生んだ“和の芳香”

飛鸞(ひらん)という酒を口にするとき、私たちはただ「味」を楽しんでいるのではない。
そこには、土地の風、森の香り、そして造り手の哲学が、確かな“輪郭”をもって立ち上がってくる。

今回ご紹介する「飛鸞 Reborn Cedar」は、その中でもとりわけ異彩を放つ一本だ。
甘やかでリッチな貴醸酒にして、杉の木樽で熟成させた“日本酒らしからぬ日本酒”
舌に広がるのは、まるで「オレンジリキュールと杉風呂」が出会ったかのような不思議な余韻。

この酒が生まれた背景には、森酒造場が掲げる「Reborn」シリーズの思想と、日本の素材と向き合う造り手の確固たる美学がある。


森酒造場の革新「Reborn」シリーズとは

長崎県・平戸に蔵を構える森酒造場は、創業350年を超える歴史ある蔵ながら、
現当主・森雄太郎氏の手によって、いま“再生”の只中にある。

「Reborn(リボーン)」とは、まさにその思想を体現したシリーズだ。
古くから伝わる生酛造りを土台にしながら、発酵に使う水の一部を酒に置き換える“貴醸酒”という手法を採用
これにより、通常の清酒とはまったく異なる、甘く濃厚で、奥行きのある味わいが生まれる。

そして注目すべきは、その酒が決して“重くならない”こと。
森氏が目指しているのは、「甘さの質」を問い直し、体と心にやさしく響く酒なのだ。

「Reborn」という名には、古き良き手法と現代的な感性が融合することで、
“酒造りが新しい形で蘇る”という願いが込められている。


杉樽貯蔵という選択──香りと味に宿る“和”の質感

「Cedar=杉」。この酒のもうひとつの大きな特徴が、杉の木樽での熟成だ。
ウイスキーやワインではオーク樽が一般的だが、日本酒において杉樽熟成はきわめて珍しい選択肢である。

杉樽がもたらすのは、ただの木の香りではない
それは、どこか懐かしく、落ち着きと静けさを感じさせる“和の余韻”だ。
杉風呂のような湿度を感じさせるウッディさと、貴醸酒由来の甘みが重なることで、
リキュールともスイーツとも形容しがたい、唯一無二の香味構造が生まれる。

この香りは、“樽香”と呼ぶにはあまりにも繊細で、心地よい。
酒が空気に触れるにつれ、ほんのりと甘柑橘系のトップノートが立ち上がり、
その奥に杉が持つ青さ、清涼感、そしてほのかな渋みが静かに寄り添う。

この香りの「和」の質感は、日本酒の伝統と素材の可能性を、現代的なアプローチで再構築する試みと言えるだろう。


ラベルに込められたテーマとクラフトスピリット

飛鸞 Rebornシリーズのボトルには、いわゆる“情報的”なラベルは貼られていない。
そこにあるのは、抽象的なモチーフ、手触りのある紙、そして控えめなロゴのみ。

「Cedar」には、杉の年輪や木肌を思わせるシンプルなグラフィックが配されており、
見る者に語りかけるというより、“静かに在る”という佇まいを持っている。

これは、酒そのものが「味わってから意味を持つべきもの」だという、森酒造場の思想の現れでもある。
スペックより体験。理屈より身体。
そんな姿勢が、この酒のラベルの余白、香味の余韻、そしてグラスに残る杉香にまで通底しているのだ。

クラフトとは、技術のことではない。
手間と思想をかけて、“ただ一つの酒”を丁寧に届ける姿勢のことだ。
この酒はその意味で、まさに“クラフトスピリット”のかたまりである。

テイスティングレビュー|オレンジとカカオの高級リキュール体験

─ 果実感と杉香、甘みと渋みが溶け合う“液体の重奏”

飛鸞 Reborn Cedar は、日本酒の枠にとどまらない「液体の体験」そのものだ。
一口飲んだ瞬間に感じるのは、“日本酒らしさ”ではなく、“何か新しいものを飲んでいる”という感覚。
それは柑橘の甘やかな果実感、樽由来のほのかな渋味、カカオを思わせるビターなタッチが複層的に折り重なる味覚の重奏である。


開栓直後はピチピチ!柑橘とスモーキー杉が広がる第一印象

口を開けた直後、まず感じるのは、舌先を刺激するピチピチとした微細なガス感
貴醸酒とは思えないほどフレッシュで、想像を超える軽快さに驚かされる。

そのすぐ後に立ち上がるのが、マンダリンオレンジや甘夏のような、穏やかな柑橘香
ただし、それはジュースのような明るさではなく、完熟寸前の濃密な甘さを感じさせる香りだ。

そこに寄り添うのが、杉樽由来の和的なスモーキーさ。
燻香というほど強くはないが、まるで古い神社の木肌を思わせるような、落ち着いた木の温もりが鼻腔を抜ける。

この第一印象だけでも、すでに飛鸞 Cedar が“甘さに寄りかからない甘口酒”であることがわかる。


数日後には完熟オレンジ&高級チョコのような変貌

飛鸞 Cedar は、開栓後の“時間による変化”こそが真骨頂と言っても過言ではない。

数日置いて空気となじませることで、ピチピチしたガスは穏やかになり、
味わいには一層の丸みと熟した果実のような甘やかさが加わっていく。

特に際立ってくるのが、「オレンジリキュールにダークチョコを溶かしたような複雑な甘味とほろ苦さ」。
甘みの中に感じられる、わずかなタンニン的渋みとビターな奥行きは、まるでカカオ70%の高級チョコレートのよう。
そこに杉香が加わることで、まさに和と洋が共鳴するアロマティックな余韻へと進化する。

これは単なる「甘口日本酒」ではなく、飲み物というより体験に近い
時間とともに変化する様は、まるで一本のワインを熟成させながら数日にわたって味わっているかのようだ。


貴醸酒らしい甘みと杉樽由来のウッディネスの融合

Rebornシリーズの最大の特徴は「貴醸酒」であるという点。
仕込み水の代わりに酒を使うことで、自然な甘みと濃厚なコクをもたらすこの手法は、通常の日本酒とは根本的に構造が異なる。

その「濃さ」がただの重たさにならないのは、杉樽がもたらすウッディでドライな香りが、甘さを引き締めているからだ。
舌に乗るときはとろりとした口当たりながら、余韻にはすっとした木の清涼感が残り、
まるで甘露と森の空気が交わったような不思議なバランス感が生まれる。

ここにあるのは、単なる素材の足し算ではない。
「構造としての融合」だ。
クラフトジンやナチュラルワインのように、素材と製法、そして人の感性が一本の線に貫かれている。
それが飛鸞 Cedar の圧倒的な完成度であり、唯一無二の価値でもある。

飲み方とペアリング|一杯をゆっくり味わいたいときに

─ 温度・時間・グラスで変わる多層的な楽しみ

飛鸞 Reborn Cedar は、いわゆる「食中酒」の概念からは少し外れている。
これは、食事のリズムに寄り添う酒ではなく、“飲むこと”そのものに集中したいときの酒だ。
温度や時間、グラスの選び方ひとつで大きく表情を変えるからこそ、「今日はこの1杯だけでいい」と思わせてくれる存在になる。


常温 or 軽く冷やして。温度帯で変わる印象の奥行き

冷酒でもなく、燗でもない。
飛鸞 Cedar の真価が最も現れるのは、10〜15℃の“冷えすぎない状態”だ。

冷蔵庫から出してすぐよりも、少し時間を置いてグラスの中で空気に触れさせると、
甘みと香りが開き、杉の清涼感がじんわりと鼻に抜ける。
この温度帯では、貴醸酒特有の重たさは感じにくく、リキュールのような厚みと軽快さの絶妙なバランスが堪能できる。

さらに常温近く(18〜20℃)になると、木の香りと甘やかな果実味がより濃密に絡み合い、
どこか紹興酒やシェリー、熟成したオレンジワインのような雰囲気すら漂う。

温度を変えることで、飛鸞 Cedar は「フルーティー→ウッディ→ビターリッチ」という三段階の表情を見せてくれる。
まるで1本の酒が、時間のなかで語りを変える詩人のように


合わせるなら?ビターチョコ、ナッツ、柑橘ピールのデザートと

飛鸞 Cedar の持つ個性を壊さず、共鳴するペアリングを探すなら、
ポイントは「甘味×苦味×木の香り」のいずれかを共通項に持つ食材やデザートだ。

おすすめのマリアージュ:

  • ビターチョコレート(カカオ70%以上)
     リキュールのような質感とチョコの渋みが、互いを引き立て合う鉄板の組み合わせ。
  • 柑橘ピールの砂糖漬け(オランジェット)
     酒の柑橘感と見事に調和し、余韻の杉香とカカオの香りが溶け合う。
  • ローストしたアーモンドやピーカンナッツ
     油分が酒のとろみと絡み、ナッツの渋みがウッディな余韻を際立たせる。
  • 焼き芋や栗きんとんなど、和の甘味とも好相性。
     特に“蜜感”のある焼き芋は、杉の香りと絶妙にマッチする。

ここにおいて、飛鸞 Cedar は単なる日本酒ではない。
酒と菓子が一緒に完結する「和のデザートリキュール」としての可能性を感じさせる。


「読書や夜の音楽とともに」──“ひとり時間”に寄り添う酒

飛鸞 Cedar を誰と、どこで、どう飲むか。
それを想像すると、浮かんでくるのは賑やかな食卓ではない。

  • 静かな部屋で、お気に入りの本を開くとき
  • ジャズやクラシックが流れる夜のリビングで
  • 湯上がりの肌を杉の香りが撫でる、ひとりの時間

そんな“自己と向き合う静かな時間”に、この酒はもっともよく響く。

語らずとも伝わる余韻。
時間とともに変わる香味。
口数より、体温と記憶に残る1杯。

この酒は、「今、この時間に自分でいること」を祝福してくれる存在だ。

まとめ|これは、再構築された“和のリキュール”だ

─ 日本酒の概念を覆す一本として、あえて飲んでみてほしい

飛鸞 Reborn Cedar──
それは「日本酒を飲む」という体験の中に、思いがけない広がりと奥行きを与えてくれる酒だ。

甘いのに、重たくない。
和なのに、どこか洋酒のよう。
伝統的なのに、驚くほどモダン。

一見矛盾する要素が、杉樽という“日本の素材”と、貴醸酒という“伝統製法”によって、
ひとつの芯の通った世界観に統合されている。

この酒を飲むとき、私たちはラベルやスペックではなく、
五感でその変化を感じ、自分のペースで味わいと向き合うことができる。
それは、従来の日本酒に求められてきた「透明感」や「キレ」だけでは語れない、
“情緒”や“記憶”に寄り添う新しい酒のかたちだ。

そしてこれは、ただの「実験酒」ではない。
森酒造場が本気で、“次の日本酒のあり方”として世に問うている、クラフトとしての酒文化の提案でもある。

飛鸞 Cedar を通して見えるのは、未来の日本酒。
それは、「こうあるべき」という常識から自由になった、味わいの再構築(Reborn)だ。

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