日日 秋津山田錦とは?注目の新星「日々醸造」の哲学

日本酒において“銘醸地”と呼ばれる土地は数あれど、そのひとつが京都・伏見であることに異論の余地はない。
歴史と伝統が息づくこの地に、2022年、新たな挑戦を掲げる酒蔵が誕生した。
それが「日々醸造(にちにちじょうぞう)」。
本稿では、彼らが世に問うた銘酒「日日 秋津山田錦」の背景と哲学を紐解きながら、“スペックでは語れない酒”というコンセプトの真意を掘り下げる。
京都・伏見に誕生した新鋭蔵「日々醸造」とは
「日々醸造」は、京都市伏見区に拠点を置く、極めて新しい酒蔵である。
しかしその歩みは、単なる新興蔵のそれとは一線を画す。
蔵を率いるのは、かつて「澤屋まつもと」で名を馳せた杜氏・松本日出彦氏。彼は長年にわたり、全国の蔵を巡って研鑽を重ね、現代日本酒の第一線で活躍してきた人物だ。
新天地・伏見で彼が立ち上げた「日々醸造」は、少数精鋭体制での手作りの酒造りを実践している。
蔵の設備は最新鋭でありながらも、人の感性と経験を中心に据えた造りを大切にしており、日々の変化を観察しながら丁寧に醸す。まさに**「日々、酒と向き合い、日々、酒を育てる」**という哲学が名に現れているといえる。
彼らが目指すのは、“風土を写し取るような酒”。
伏見の良質な地下水、そして兵庫・東条の特級山田錦。自然と人の営みが共鳴する場所で、あえて派手な装飾や話題性に頼らず、「本質」だけで勝負する酒造りに挑んでいる。
「日日」という名に込められた意味と酒造りの信念
「日日(にちにち)」という名は、実にシンプルで、そして奥深い。
日常の繰り返し──同じようでいて、決して同じではない一日一日の積み重ね。それは、発酵という**“自然の時間”に寄り添う酒造りそのもの**を表している。
松本氏が目指すのは、“わかりやすさ”よりも“伝わるもの”。
だからこそ、ブランドの打ち出しも明快である一方、酒そのものは静かで、深く、余白のある味わいを志向している。
日日の酒には、強い主張はない。
しかし、飲む人の感覚を研ぎ澄ませば、その中に確かな個性と緊張感が浮かび上がってくる。
それはまるで、「毎日の中に美しさを見出すように、酒の中にも静かに宿る何かを感じてほしい」という造り手からの静かな問いかけのようでもある。
スペックを語らない理由──“風土”を映す一杯
日日シリーズの大きな特徴は、「スペック非公開」であることだ。
精米歩合も、酵母の種類も、仕込み水の硬度すら表記されない。
これは、決して情報を隠しているのではなく、“数字で語らず、味で語りたい”という強い意志の表れである。
とりわけ「秋津山田錦」は、使用米にこだわり抜かれている。
兵庫県東条地区の中でも、最上級の評価を受ける“秋津・西戸村・古家村”の山田錦のみを100%使用。
この地の米は、粒の揃い、心白の発現、吸水特性、いずれをとってもトップクラスであり、“米のグラン・クリュ”とすら称される。
それほどの素材に対して、精米歩合などの数値を掲げることが、本当にその米の力を伝えることになるのか。
むしろ、「味そのものが、その米の価値を語るはずだ」という考え方が、日日の酒には貫かれている。
スペックを削ぎ落とすことで、飲み手の五感と対話する酒が生まれる。
知識で先入観を与えるのではなく、「自分で味わって、どう感じたか」こそが真実である──日日は、そう語りかけてくる。
味わいをひも解く|静かに染み入る香味設計

日日(にちにち)という名が示す通り、この酒は派手さや即効性で魅せるものではない。
だが、その静けさの中には、緻密に構成された香味の層があり、丁寧に口に運ぶほどにその構造が輪郭を帯びていく。
この章では、「秋津山田錦」という最高峰の米が持つキャラクター、そして日日が描く香味設計の妙について解き明かす。
特級山田錦“秋津”がもたらす豊かな米の表情
「日日 秋津山田錦」に使用される米は、兵庫県東条町・秋津地区にある西戸村・古家村産の山田錦。
この地の米は、国内トップクラスの酒造好適米として名高く、いわば**山田錦の“グラン・クリュ”**にあたる存在だ。
秋津の土壌は水はけがよく、昼夜の寒暖差にも富む。
これにより、粒張りと心白の発現率が高く、吸水も理想的。結果として溶けやすさと粘りのバランスが優れた醪ができあがる。
日日においては、この秋津産山田錦の特性を生かしきることを第一義としており、精米歩合すら非公開。
それは、数値よりも「米の持つ表情を、味わいとして伝える」ことに重点を置いているからだ。
実際にグラスを傾ければ、その米由来のしっとりとした甘み、芯のある旨味、そして揺らぎのない酸が、ひと口の中で層を成すように広がっていく。
穏やかな香りと微発泡のフレッシュ感
香りの立ち方は、あくまでも控えめ。
パインやライチのような派手な吟醸香とは対極にあり、ほんのりとした白桃や炊き立ての米を思わせる清らかで奥行きのある香りが静かに漂う。
そして注目すべきは、瓶内にわずかに残る発酵由来のガス感。
この微かな発泡が、口に含んだ瞬間の印象にフレッシュさを加え、全体の味わいを立体的に見せてくれる。
ガスの刺激は強すぎず、繊細。
いわば「料理で言うところの出汁のような役割」であり、華やかさではなく、輪郭と広がりを与える存在として効いている。
これにより、飲み口は非常に軽やかでありながら、飲み進めるごとに、奥行きのある味の構造が浮かび上がる。まさに“静の躍動”とでも言うべき表情である。
やわらかな旨味と美しい酸が導く、凛とした余韻
味の中心には、膨らみすぎない、しかし明確な旨味が存在している。
それは、濃さで押し切るような類のものではなく、あくまで上質な出汁のような「舌に残る情報量の多さ」を感じさせるものだ。
その旨味を引き締めるのが、キレすぎない酸の設計である。
多くの酒が酸でスパッと切るように設計されている中で、日日は酸を「導線」として活用している。
それにより、香味が静かにフェードアウトしていくような、儚くも凛とした余韻が生まれる。
印象的なのは、最後まで雑味がないこと。
それは単に精密な造りによるものだけでなく、秋津の米そのものが持つクオリティ、そして発酵と熟成の“呼吸”を見極める人の技があるからこそ。
この余韻には、風土と造り手の哲学が静かに宿っている。
どう楽しむ?飲み方と料理との相性提案

「日日 秋津山田錦」は、ラベルやブランドだけでは決して語れない“飲む体験そのもの”に重きが置かれた酒です。
どんな温度で、どんな料理と、どんな時間に味わうのか。
その選択次第で、この酒の持つ美質は繊細に、時に大胆に表情を変えます。
この章では、味わいの輪郭を引き立てる飲み方と、料理とのベストマッチングをご紹介します。
11度という低アルコールがもたらす軽やかな飲み心地
一般的な日本酒のアルコール度数が15~16度であるのに対し、「日日 秋津山田錦」は11度という極めて低い設計が特徴です。
これは「加水による希釈」ではなく、発酵工程そのものを低アルコール設計で組み立てているため、味の密度と輪郭をきちんと保っています。
結果として得られるのは、“薄い”ではなく“軽やかで澄んだ”飲み口。
口当たりは柔らかく、舌に滑るように染み入り、飲み疲れしない。
少量ずつ、丁寧に味わいたくなる──そんな佇まいのある酒質です。
この軽やかさは、単に「飲みやすい」という域を超え、味の余白を楽しむ日本酒体験へと昇華されています。
繊細な料理との相性が光る──和食・チーズ・白身魚
「日日 秋津山田錦」は、いわゆる“酒が料理をリードする”タイプではありません。
むしろ、料理のニュアンスに寄り添い、その背景に静かに溶け込んでいくようなペアリングを得意とします。
🥢 和食
- 白身魚の昆布締め
- 鶏ささみと梅肉の和え物
- だし巻き卵
いずれも旨味と塩味の“バランス”で成立している繊細な和食。
日日の上品な酸と米の芯が、それらを引き立てつつ、後味をすっきりと整えてくれます。
🧀 洋風の提案
- ブリーチーズやリコッタなどの白カビ系
- 無花果とクリームチーズの前菜
- 白身魚のカルパッチョ(オリーブオイル&柑橘)
香りの主張が穏やかな日日だからこそ、ミルキーで脂肪分の高いチーズとも好相性。
とりわけ**“やさしい甘みと酸味を含んだ料理”**と合わせることで、酒の立体感が浮き彫りになります。
温度帯と時間経過で変わる、日日の“表情”を味わう
日日の真価は、一定の温度でキープして飲み切るだけでは見えてきません。
むしろ、温度と時間の変化こそが、この酒の真の魅力を引き出す鍵です。
📌 おすすめ温度帯と印象の変化
- 冷酒(7~10℃):輪郭が引き締まり、微発泡感が際立つ。清涼感のある香味設計。
- 常温(15〜18℃):甘味と酸味がまろやかに開き、旨味が中心に。柔らかく穏やかな表情。
- 時間経過(開栓後):数日置くとガスが落ち着き、香りと旨味が融合した“静謐な味わい”に。
飲むたびに異なる顔を見せてくれる日日。
その変化を観察し、味わいの層を重ねるように飲む体験は、まるでワインや煎茶のような**“余韻のある趣味の世界”**を感じさせます。
まとめ|日日 秋津山田錦という、静けさを味わう酒

「日日 秋津山田錦」は、華やかさや奇抜さとは無縁の酒です。
しかしその一滴には、風土・哲学・技術・感性が凝縮された、極めて豊かな静けさがあります。
- 秋津という“特級畑”が生んだ最高峰の山田錦
- 精緻で柔らかな酒質設計
- 11度という低アルコールがもたらす軽やかさと透明感
- 食事を引き立て、時間とともに移ろう表情
この酒は、「飲んで語る」のではなく、「味わって感じる」ための酒。
言葉よりも、静かに五感で受け取りたい──そんな感受性に満ちた一本です。
日日を通して、日本酒の“奥行き”に触れてみてはいかがでしょうか。
それはきっと、喧騒の中で忘れかけた“静かな時間”を思い出させてくれるはずです。
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